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東京地方裁判所 平成11年(ワ)15563号 判決

原告

平塚尚子

被告

有限会社ビップ急送

主文

一  被告は、原告に対し、六五六万三五三〇円及びこれに対する平成八年八月一三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを七分し、その五を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、一七二七万三五七四円及びこれに対する平成八年八月一三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、以下に述べる交通事故につき、原告が、加害車両の保有者である被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償を求めた事案である。

一  前提となる事実

1  交通事故(以下、「本件事故」という。)の発生

(一) 日時 平成八年八月一三日午前一一時四五分ころ

(二) 場所 千葉県旭市ニの六〇一七―二四

(三) 加害者 大型貨物自動車(浜松八八か六四五、以下、「加害車両」という。)を運転していた訴外石川誠

(四) 被害者 訴外林弘民運転の普通乗用自動車(タクシー、千葉五五う四二〇三、以下、「被害車両」という。)に乗車していた原告

(五) 態様 被害車両が信号待ちで停止していたところ、後方から加害車両が被害車両に追突し、その勢いで被害車両がさらに前方の車両に追突し、その結果、被害車両後部座席に搭乗していた原告が負傷した。

2  原告の傷害及び治療経過

原告は、本件事故により、頭蓋底骨折、脳挫傷、気脳症、前額部挫傷、陳旧性顔面骨々折、硬膜下血腫、右眼球打撲、急性上気道炎、右眼球陥凹、復視等の傷害を負い、以下のとおり治療を受けた。

(一) 平成八年八月一三日から同月二五日まで旭中央病院(脳外科)に入院(一三日)

(二) 平成八年八月二六日から同年九月二日まで越谷市立病院(脳外科)に入院(八日)

(三) 平成八年八月二二日から平成一〇年八月一四日まで(右(二)の入院期間を除く)越谷市立病院(脳外科・皮膚科)に通院(実日数は三七日)

(四) 平成八年一〇月一五日から平成一二年五月二七日まで順天堂病院(形成外科・眼科)に通院(実日数は三四日)

(五) 平成八年一一月七日から同月二六日まで及び平成九年一一月一五日から一二月一日まで順天堂病院(形成外科)に入院(合計三七日)

(六) 平成一二年二月二〇日から同年六月一一日までむさし野治療センターに通院(実日数一九日)

3  原告の後遺障害

原告は、前記の治療を受けたが、顔面の瘢痕による醜状及び顔面骨々折による右眼球陥凹という後遺障害が発生し(症状固定日平成一〇年九月二九日)、右は、自賠法施行令二条後遺障害等級表の一二級一四号に該当する。

二  争点

本件の争点は損害額(特に、後遺障害逸失利益)である。

第三当裁判所の判断

本件の争点である損害額について、必要な限度で当事者の主張を簡潔に示しつつ、当裁判所の判断を示すこととする。

なお、結論を明示するために、各損害ごとに裁判所の認定額を冒頭に記載し、併せて括弧内に原告の請求額を記載する。

一  治療費 四六万八八〇〇円(原告の請求どおり)

原告の請求額は、別紙治療費明細及び損害一覧表中の治療費の合計額である四六万八八〇〇円である。

越谷市立病院の入院関係については、平成八年八月二六日に入院保証金として三万円を支払っている(甲第八号証の三)が、入院費用の請求がなく、また、甲第八号証の三によれば、右保証金は退院時に精算されるとのことであるので、全額入院費に充当されたものと推認できる。

被告は、原告に視力障害は発生していなかったと主張し、視力関係の治療費を否認している。たしかに、甲第四号証によれば、原告の視力が不良である点につき他覚所見とは一致しないとの記載があるが、他覚所見がなかったからといって視力が低下していたという症状がなかったとは断定できない。被告も認めるとおり、検査時において視力が著しく低下していたのであろうから、原告の年齢をも考慮すれば、保護者において治療を継続するのはむしろ当然であり、その治療方法についても、現実に効果があがっていることも考慮して、本件交通事故による治療費と認めることができる。

二  入院付添費 三四万八〇〇〇円(原告の請求どおり)

原告の年齢(事故時において七歳)を考慮すれば、近親者の付添は必要であったと認められる。

付添費用を一日六〇〇〇円として、前述したとおり、原告の全入院期間五八日分として、原告請求のとおり三四万八〇〇〇円を認めることができる。

三  通院付添費 二七万円(原告の請求どおり)

前述のとおり原告は合計九〇日実通院しており、前項と同様、通院についても付添が必要であったと認められる。

一日三〇〇〇円として九〇日分の二七万円を認めることができる。

四  交通費 二九万六五三〇円(原告の請求どおり)

交通費については、原告主張のとおり二九万六五三〇円を認めることができる(甲第九ないし第一七号証、第三〇号証、第三五号証。一部領収証のない部分があるが、甲第三〇号証によって認める。)。

五  宿泊費 一八万二四二〇円(原告の請求どおり)

原告は、事故直後に昏睡状態に陥って自宅から離れた病院に入院していたこと、及び原告の年齢を考慮すれば、原告の近親者が病院の近隣に宿泊した費用は、本件事故による損害と評価すべきであり、その額は合計一八万二四二〇円である(甲第七号証、第一八号証の一、二の一ないし三、第三〇号証)。

六  その他 二六万〇一二〇円(三六万七七二六円)

通信費は三一三〇円(甲第一九号証の一ないし七)、転院費用は五万円と認められる(自宅近くの病院への転院の必要性は認められる。甲第二〇号証の一ないし四)。

入院雑費は、原告主張のとおり支出したことは認められるが、購入品等の中には、本件事故と直接関係があるとは言い難いものがあるなど、全額認めることはできない。結局、付添人の貸ベッド代を含め、入院期間一日につき一三〇〇円の割合による入院雑費を認めるのが相当であるから、合計で七万五四〇〇円となる。

医師への謝礼として、二回にわたり各五万円(別の医師)を贈与したのは、原告の治療内容及び年齢等を考慮すれば、不相当とは言えない。合計一〇万円を認める。

右以外は、複写代四五〇〇円(甲二四号証)、コピー、ファックス代二三八〇円(甲第二六号証の一、二)、郵便代三九二〇円(甲第二七号証の一ないし七、第二八号証の一、二)、メガネ代二万〇七九〇円(甲第二九号証の一ないし三)を認める。

七  後遺障害逸失利益 算定なし(九一八万四〇三五円)

1  原告は、後遺障害による逸失利益として、原告の基礎収入を年間三三五万一五〇〇円(賃金センサス平成八年女子労働者学歴計全年齢平均)とし、一八歳から六七歳までの四九年間労働能力を一四パーセント喪失したものとして、新ホフマン係数により年五分の割合で中間利息を控除した金額を請求している。

2  これに対し被告は、原告の後遺障害は外貌の醜状であって機能的な障害ではない上、原告の場合は限りなく非該当に近いものであり、「醜い」と評価されることはなく、改善の可能性もあり、職業選択の際に影響があるとは考えがたいと主張し、逸失利益を否定している。

3  一般に、醜状痕による後遺障害は機能的な障害ではないことから労働能力の喪失とは評価されにくく、したがって、右後遺障害に伴う逸失利益も認められにくいとされているが、必ずしもそのように考えるのは合理的とは言えない。

なぜなら、機能的な障害がなくとも、将来における収入が減少する蓋然性が認められるのであれば逸失利益を肯定すべきであるし、特に被害者が未就労である場合は、将来の職業選択の際に、外貌の醜状が不利に作用するのはむしろ当然と考えられる。

したがって、本件においても、原告に後遺障害に伴う逸失利益が発生しないと即断することはできず、慎重な、検討を要するところである。

4  甲第三号証によれば、平成一〇年九月(原告は当時九歳)の症状固定時において、右眼の上に一二ミリメートル、一二ミリメートル、二二ミリメートルの、また右目の下に一〇ミリメートルの各線状痕が認められ、さらに、右眼球の陥凹が後遺したとされている。

甲第五号証及び第七号証によれば、原告の右眉の上と瞼の上の瘢痕が認識できるが、顔面骨の骨折に伴う右眼球の陥凹は、写真上必ずしも明確ではない。

また、原告と接する他人が、原告の顔面にある右瘢痕を見て、どのような印象を受けるかを考えるに、通常人であれば、瘢痕の存在自体は認識するであろうが、右瘢痕を見て「醜い」とまでの印象を受けるかは相当疑問である。

原告は、症状固定時において九歳、現在においても一一歳であって、原告が職業に就くまでにはまだ相当の時間があるであろうし、その間に原告の右瘢痕等の状態が改善する可能性も否定できない。

原告が、自分の顔面の醜状を気にして辛い思いをしていること(甲第七号証)は当然であるが、右の事情は本来慰謝料の問題であり、逸失利益の有無を判定するための事情とは言い難い。

5  以上の考察によれば、醜状障害との点のみから後遺障害逸失利益が発生しないと判断するものではないが、原告の瘢痕等の具体的な態様から見て、将来において、職業選択時を中心として、右醜状痕のために取得すべき収入が減少するという蓋然性までは認めることができない。(ただし、この点は慰謝料の算定において斟酌されることになる。)

八  慰謝料 五五〇万円(六〇〇万円)

原告は、前記のとおり、重大な傷害を負って相当期間入通院を余儀なくされたのであり、この点の精神的苦痛を償う慰謝料としては一八〇万円が相当である。

また、原告は、前項記載のとおりの後遺障害によって、今後長年にわたり精神的な苦痛を被るとともに、原告の後遺障害に対して、将来所得の面でも不利益が予測されない訳ではないが、結局蓋然的な判断として逸失利益を算定できないという前述の事情も、後遺障害慰謝料を算定する上で考慮せざるを得ない。

後遺障害慰謝料は、三七〇万円が相当である。

九  損害のてん補 一三六万二三四〇円

原告は、被告側から合計一三六万二三四〇円のてん補を受けたことを自認しており、弁論の全趣旨によれば、右のとおり認定するのが相当である。

一〇  小計 五九六万三五三〇円

一一  弁護士費用 六〇万円(一五一万八四〇三円)

原告が、本件訴訟の追行を原告代理人に委任したことは当裁判所に顕著な事実であり、本件事案の内容、認容額、審理経過等を総合勘案して、被告に賠償を求められる弁護士費用としては金六〇万円とするのが相当である。

一二  総額 六五六万三五三〇円

第四結論

以上のとおり、原告の本件請求は、六五六万三五三〇円及びこれに対する平成八年八月一三日から完済に至るまで年五パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるので、主文のとおり判決する。

(裁判官 村山浩昭)

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